大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和41年(う)1308号 判決 1975年12月05日

主文

検察官および被告人大淵和夫、同今村正一の本件各控訴を棄却する。

原判決中被告人小巻敏雄に関する有罪部分を破棄する。

被告人小巻敏雄を罰金二万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金二千円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。当審における訴訟費用のうち証人柿沼康隆に支給した分は被告人大淵和夫の、証人山田郁生、同羽田稔に各支給した分の二分の一ずつを被告人大淵和夫、同今村正一の各負担とし、原審における訴訟費用のうち、証人岩田林光に支給した分(原審第一一回公判昭和三八年九月一〇日出頭分)は被告人小巻敏雄の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、大阪高等検察庁検察官竹内猛提出にかかる大阪地方検察庁検察官中藤幸太郎作成の控訴趣意書並びに被告人小巻敏雄、同大淵和夫、同今村正一の弁護人菅原昌人、同深田和之、同井関和彦、同熊谷尚之連名作成の控訴趣意書に記載のとおりであり、右各控訴趣意に対する答弁は、右各弁護人連名作成の答弁書並びに大阪高等検察庁検察官田中義雄作成の答弁書に記載のとおりであるから、それぞれこれを引用する。

検察官の控訴趣意第一点、被告人小巻敏雄に関する事実誤認ないし法令適用の誤りの論旨について。

所論は、要するに、昭和三六年度全国高等学校学力調査(以下本件学力調査という。)の調査対象校に指定され、右学力調査実施の職務に従事していた大阪府立淀川工業高等学校校長岩田林光に対する被告人小巻敏雄の公務執行妨害の公訴事実(昭和三六年一二月二七日付起訴状第一の二の事実(につき、本件学力調査を違法として、単に暴行の事実(原判示第一の一の事実)のみを認定し公務執行妨害罪の成立を否定した原判決は、右学力調査の実態について事実を誤認し、ひいては教育基本法一〇条、地方教育行政の組織および運営に関する法律(以下地方教育行政法と略称する)五四条二項、学校教育法四三条、同法附則一〇六条等の解釈適用を誤つたものである、というのである。

よつて、本件学力調査の適法性について検討してみるのに、

一まず、右学力調査の主体および性格につき考究するに、

(一)  <証拠>を総合すると、本件学力調査は、文部大臣(文部省)が、生徒の学力の実態をとらえ学習指導、教育課程および教育条件の整備改善に役立つ基礎資料を得ることを目的とし、その調査の対象は全国的規模の一環として約一〇%の抽出による高等学校全日制第三学年、同定時制第四学年の全生徒、調査する教科は英語、実施期日は昭和三六年九月二六日、調査(試験)問題は文部省において問題作成委員会を設けて作成すること、その他時間割、調査実施機関の系統および役割、調査結果の処理方法等細目にわたつて企画、立案したうえ、都道府県教育委員会に対し、地方教育行政法五四条二項により調査及びその結果の報告を求めるという方式により実施されたこと、そして都道府県教育委員会(本件では大阪府教育委員会)は、右文部大臣(文部省)の企画立案した実施要領のとおり、これになんら変更を加えることなく、その指示命令に従つて右調査事務手続を執行したこと(本件では大阪府教育委員会は右調査対象校として大阪府立淀川工業高等学校を選定したうえ、同校校長岩田林光を同校における右学力調査実施のテスト責任者にするという措置等を講じて右調査事務を実施したこと)が認められる。

ところで、所論は本件学力調査実施の主体は都道府県教育委員会(本件では大阪府教育委員会)であつて、文部大臣(文部省)ではないのに、原判決が右調査実施の実質上の主体は文部大臣(文部省)であると認定しているのは、調査主体の認定を誤つたものである、というのであるが、右認定の如く、本件学力調査は、その対象者、調査教科、実施期日、時間割、問題作成の手続、調査実施機関の系統および役割、調査結果の処理方法等の一切を文部大臣(文部省)が定め、都道府県教育委員会においてはこの点についての裁量の余地がなく、文部大臣(文部省)の企画指導どおりに本件学力調査を実施すべきものとされている実態に徴すると、本件学力調査が、一応教育委員会の所管学校の教育に関する調査の管理執行権限を規定している地方教育行政法二三条一七号による調査を行なうという名目で行なわれ、文部大臣(文部省)が同法五四条二項により、その結果についての資料の提出と報告を求めるという形式をとつているとはいえ、その実質は文部大臣(文部省)が主体となつて都道府県教育委員会に指揮命令して右学力調査を実施させたものといわざるをえない。

なお、所論は、都道府県教育委員会を実施主体として行なわれた本件学力調査につき、文部大臣(文部省)がその調査対象、調査期日、調査教科、調査(試験)問題の作成、調査結果の処理方法等について細目にわたり企画立案したのは、右調査の目的が生徒の学力の実態をとらえ学習指導、教育課程及び教育条件の整備改善に役立つ基礎資料を得ることにあるため、右目的を達成するためには右学力調査が全国的規模において、しかも統一的に同一内容、同一方法で実施される必要があることに因るものであつて、右は決して、文部大臣(文部省)が都道府県教育委員会に対して右学力調査の実施を指揮命令して強制するというものではなく、都道府県教育委員会が実施する右学力調査につき、文部大臣(文部省)が地方教育行政法四八条一項の指導、助言、援助を行うという立場から、右調査に協力する方法として最も望ましいとの配慮に基づくものであつて、それによつて都道府県教育委員会の自主性ないし主体性を失わせるものではないというのであるが、前示各証拠によると、文部大臣(文部省)は本件学力調査につきその調査対象、調査期日、調査教科、調査問題の作成、調査結果の処理方法等の一切を画一的に定め、これを実施要領として通達することによつて、都道府県教育委員会に文部省の企画どおりに実施せしめたのであつて、都道府県教育委員会においてこれらの点につき自主的に選択、裁量する余地は全くなく、右実施要領どおりに実施することを義務づけられるものと理解していたものと認められることに徴すると、本件学力調査の実施につき、文部大臣(文部省)は都道府県教育委員会が行なう調査に協力する関係にあつたものに過ぎないとは到底思料できない。

従つて、原判決が本件学力調査実施の実質上の主体を、文部大臣(文部省)と認定しているのは相当であつて、所論の如き誤りが存するものとは認められない。

(二)  そこで、次に本件学力調査の性格について考察してみるのに、所論は、本件学力調査は、教育に関する行政調査の範囲内にとどまるものであつて、教員の教育内容にかかわるものではない。即ち本件学力調査の目的は、個々の生徒の学力の程度をテストして直接その生徒の学力を評価するということではなく、生徒の学力の実態をとらえて学習指導、教育課程、及び教育条件の整備改善に役立つ基礎資料を得るため、学校別、地域類型別等集団としての学力傾向をみるというところにあるのであつて、教師が担当の生徒に対し、その教育活動の一環として学力の進展の程度を測定し、あるいは教育方針の参考としてその時点における学力をテストするところの、教師の生徒に対する具体的教育活動(教科活動)の性格を帯びるものではない。しかるに原判決が、本件学力調査は生徒に対する学校教育の一環としての具体的教育活動の性格を帯び教員の教育内容にかかわるものであると認定しているのは、右学力調査の実施ならびに運用の実情を看過した誤つた判断であるというのであるが、前示各証拠によると、本件学力調査は、高等学校定時制課程第四学年の生徒を対象として、文部省の告示によつて公示された学習指導要領に対する学習の到達度をみるもの即ち学力評価のためになすものであり、その結果について文部省への報告は要請されていないとしても、被調査者である生徒各個人の成績は一応採点されていることに徴すると、生徒各個人の学力評価の一面を保有していることも否定し難く、又右調査の実施にあたつては文部大臣(文部省)の定めた教科、期日、時間割等に従つて正規の授業時間内に当該高等学校の教員の監督のもとに行われ、かつ教科(本件では英語)の調査(試験)問題も、その内容において教員が日常の教科活動で行なうテストと質的に異ならないことが認められるのであつて、右に徴すると、原判示認定の如く、本件学力調査は、所論の如き単なる行政調査というものではなく、教員が特定の教科について自己の学習指導の結果をテストによつて把握するのとなんら異ならないものであつて、それは教育上の価値判断に関する具体的教育活動としての実質を有するものといわざるをえない。

二そこで、文部大臣(文部省)が、右の如き性格の本件学力調査を、その実施主体として行なうことの適否につき、その手続上及び実体上の両面から考察することとする。

(一)  前示認定の如く、本件学力調査は、文部大臣(文部省)が、地方教育行政法五四条二項に基づいて都道府県教育委員会(本件では大阪府教育委員会)に調査及び報告を求め、右要求を受けた右教育委員会が同法二三条一七号の教育に係る調査を行なうという形で実施されたものである。

ところで、地方教育行政法五四条にいう調査は、教育行政機関が教育行政について行なういわゆる行政調査を予定しているものと解されるのであつて、その調査の範囲、内容等は、教育基本法等において教育と教育行政との分離が基本とされていることからすれば、それは教育活動としての実質を有しない客観的な資料の把握にとどまるべきものと考えられる。従つて本件学力調査が、前示認定の如く教育上の価値判断にかかり教育活動としての実質を有するものであることに照らすと、本件調査は右規定の枠を越えるものというべきである。

所論は、本件学力調査が、地方教育行政法五四条一項の教育行政機関である文部大臣が、その所管する事務の適切かつ合理的な処理に努めるための基礎資料をうることを目的とする調査即ち行政調査であることを前提として、文部大臣が都道府県教育委員会に対し同法五四条二項に基いて本件学力調査の実施とその結果の報告を求めたことは適法な措置であると主張しているが、右認定のとおり本件調査が行政調査の範囲を逸脱している限り右主張の失当であることは明らかである。

また、右五四条二項は、文部大臣が地方公共団体の長または教育委員会に対し、それぞれ都道府県または、市町村の区域内の教育に関する事務に関して、必要な調査、統計その他の資料または報告の提出を求めることができる旨規定し、文部大臣が適正な諸施策を推進するうえで必要な資料または報告についての提出要求権を定めているものであるが、文部大臣の自ら実施する調査権とその機関委任事務に関して規定している同法五三条一項、二項と対比して考察すると、右五四条二項は、教育委員会等が自主的に実施した調査等の結果を文部大臣(文部省)においても必要に応じて有効に利用し得るため、その資料の提出および報告を求める権限を付与したにとどまり、その前提として自ら調査を命ずる権限を付与したものではないと解するのが相当であり、本件学力調査のように、文部大臣(文部省)がその調査実施要領を細目にわたつて企画、立案し、実質上の実施主体となつて都道府県教育委員会に対し右調査を指揮命令してその実施と結果の報告を義務づけるようなことは、地方教育行政法五四条二項の本来予想しないところであつて、これを根拠規定にはなしえないものといわねばならないから、その調査命令は右規定の趣旨を逸脱するもので、手続上違法なものというべきである。

従つて、右五四条二項が、文部大臣自ら調査を命ずる権限も付与したものであるとする所論の主張は、到底是認できない。

なお、本件学力調査につき地方教育行政法五三条一項、二項の右規定を、その根拠規定となしえないことは、右規定の内容自体に照らして明らかである。

(二)  そこで、次に本件学力調査について、その実体面から、右調査の実施主体である文部大臣(文部省)に適法な権限があつたといえるかどうかについて考察する。

憲法の精神に則り教育の目的を明示して教育の基本を確立するため制定された教育基本法は、同法一条所定の教育の目的を達成し、同法二条所定の教育の方針を実現するため、同法一〇条において、その一項で教育は不当な支配に服してはならないとするとともに、二項で教育行政は右の教育の目的遂行に必要な諸条件の整備確立を目標としなければならないと規定している。これは過去における教育の国家統制によつてもたらされた重大な弊害による失敗の反省から、教育の独立性、自主中立性、自律制を宣明するとともに、教育と教育行政とを分離し、教育そのものは人格の完成という内面的価値の形成を目的として行なわれるものであつて、特に教育基本法の所期する学校教育は、教師の人間活動を通じて子ども達を自主的精神に充ちた人間に育て上げ、これに携わる教師は父母と子どもに直接責任を負うべきものとされているのであつて、そのためには教師の教育的専門性が尊重されその教育活動の自律性が十分に保障され、教師が人間的な信頼関係の上に立ち他からの強制干渉を排除して自由な状態に置かれなければその目的を十分達しえないものであることにかんがみ、教育の場にあつては、被教育者に接する教師の自由な創意と工夫に委ねて教育行政機関の支配介入を排し、教育行政機関は右の教育の目的達成に必要な教育条件の整備確立を目標とすることに本来的な任務があるとするとともにその任務の限界を明らかにしたものである。

そして所論指摘のとおり、現在の公教育制度のもとでは、国家は教育について、もとより無関心でありえないのであつて、国民の教育を受ける権利の保障等教育の振興をはかるため、積極的な施策を推進することは国および地方公共団体が国民に対して負つている責務というべきであり、右の観点からすれば、右の教育条件の整備確立というのが、教育施設の設置管理、教育財政等の教育の外的条件の整備に限られ、教育行政機関の教育内容および教育方法等への関与が一切排除されているものと解するのは必ずしも相当ではない。しかし、右の教育内容および教育方法等への関与の程度は、教育基本法一〇条並びに憲法の精神に則り教育の目的、理念及び方針を明示し教育制度の基準を明らかにするため制定された同法の他の教育関係法規に対する優位性や教育の本質に照らして考えると、教育機関の種類等に応じた大綱的基準の定立のほかは、法的拘束力を伴わない指導、助言、援助を与えることにとどまるものと解すべきである。このことは中央教育行政機関である文部大臣(文部省)が、戦後従来の権力的な指揮監督官庁から専門的技術的な指導、助言 援助を与える機関に質的に変つたことからも窺えるところである。(地方教育行政法四八条、文部省設置法四条、五条)。そして、さらに教育委員会制度の創設によつて教育の地方自治の原理が採用され、地方教育行政機関である教育委員会に当該地方の公立学校における教育に関する権限が帰せられた結果(地方教育行政法二三条、三三条、四九条)、文部大臣(文部省)の右の権限は、地方教育委員会の権限の範囲内の事項については、さらに制約を受けるものと解せられ、教育内容および教育方法等への関与は、右の地方教育委員会の権限と抵触しない専ら全国的視野からなされる大綱的なものに限られるといわねばならない。

そして、教育基本法一〇条一項の不当な支配というのは、教育の政治的行政的中立性を阻害するような一切の干渉をいい、政党その他の政治団体、労働組合、宗教団体等社会のあらゆる勢力がその主体たり得るものであり、国、地方公共団体等の教育に関し権限を有する行政機関による介入支配も当然含むものと解すべきであつて、もし教育行政機関が、右の限界を越えて教育内容等に介入することがあれば、それは教育基本法一〇条一項の不当な支配に該当するといわざるをえない。

ところで、本件学力調査は、前示認定の如く、文部大臣(文部省)がその実施主体となつて施行され、その性質および内容は、教育行政機関としての文部大臣(文部省)の権限の範囲を越え、教員の具体的教育活動としての教育の方法および内容自体に干渉するものというべきであり、従つて教育の自主、中立性を阻害するものとして、教育基本法一〇条一項に違反し、行政権をもつて教育に不当な支配を及ぼした場合にあたるものであつて、本件学力調査はその実体上も違法であるといわねばならない。

所論は、右に対して、学校教育の内容に対する国の行政作用の関与の必要性を主張しそのため学校教育法四三条、同法附則一〇六条により高等学校の学科および教科に関する事項は文部大臣がこれを定める旨規定されており、右の教科に関する事項には狭義の教科のほか教育課程も含まれると解すべきであるから、文部大臣が同法施行規則五七条の二に基づき教育課程の基準として定め公示した高等学校学習指導要領には法的拘束力があり、本件学力調査の問題が右学習指導要領に準拠して作成され、それに対する到達度をみることを調査の内容としたことも適法有効であり、原判決には右学習指導要領の法的拘束力の範囲を不当に狭く解釈した違法があるというのであるが、学校教育の内容に対する国の行政作用の関与の必要性というだけのことから、直ちに前示の如き性質、内容を有する本件学力調査が許容されるべきものであるとは解されないし、また学校教育法四三条が、文部大臣に対し教育課程につき、右学習指導要領の内容にみられるような各教科の目標、内容を詳細に定め、具体的な教育方法まで指示している規定を設けて個々の教員の実施する教育活動に介入し、これを法的に拘束するような全面的行政立法権を付与したものと解することは、教育に関連を持つ憲法二三条、二六条等の諸規定の趣旨ならびに教育基本法一〇条その他教育関係法規に照らして、到底首肯できないものであり、むしろ原判決が説示する如く、右四三条は同法四二条所定の高等学校教育の目標を達成するために、ある程度全国的画一性を保持することが要請される事項について、文部大臣に教育課程の大綱的な基準を定める権限を付与した趣旨に解するのが相当である。

従つて、その枠外の事項については、法的拘束力を有せず単に指導、助言的な効力を具有するにとどまるものと解すべきである。

なお所論はわが国の社会的事情、教育界の現状、教師の指導能力等に照し、教師の自主性、創造性が現行の学習指導要領に基づく程度に規制されるのもやむを得ないと主張するが、これらの点についてわが国の現状に危惧される点が仮にあるとしても、その改善、改革は専ら父兄を含めての教育関係者、特に現場において直接教育に携わる教師、教師集団の自発的な研鑽に俟つべきで、教師等教育関係者が専門的な指導、助言には謙虚に耳を傾ける開かれた気持を持つことは必要であるが、教育行政機関に前記大綱的基準を定める権限を越えた広汎な法的権限を付与することで対処すべきではないと思料する。

よつて、文部大臣(文部省)が本件学力調査における如く、具体的な調査(試験)問題を作成してこれを実施したうえその結果の報告を求めるというようなことは、明らかに教育行政機関である文部大臣(文部省)の権限を越えているものといわざるをえない。

従つて、所論主張の如く本件学力調査の問題が学習指導要領に準拠して作成されたということは、本件学力調査がその実体上違法であることの評価を左右するに足りるものではない。

なお、本件学力調査の実施については、その調査対象校となつた学校において、右実施のため授業計画の変更を必要とすることも、実質上文部大臣(文部省)が右学校の教育内容の一部を強制的に変更させることを意味するもので、やはり教育内容に関する違法な措置というべきである。

右について所論は、本件学力調査の実施に伴う教育(授業)計画の変更は、学校長の所管する校務に含まれるものであり、右校務について教育行政機関が職務命令として必要な規制を加えることは、もとより適法であつてなんら違法の措置ではないというのであるが、右の如き職務命令をなす適法な権限があるものとは解されず、右主張は是認できない。

三本件学力調査が、その手続上および実体上の両面から違法なものであることは右認定のとおりであり、かつその違法の程度が重大であることも右認定に照らして明らかである。

ところで、公務執行防害罪の成立するためには、その公務の執行が適法であることを要し、右適法性の判断は客観的になされるべきであり、またその判断にあたつては、当該職務行為当時の具体的状況を前提として判断すべきものと解されるのであるが、上級行政機関の指揮命令に基づく職務で、当該公務員に裁量権、認定権が認められない場合は、右職務が上級行政機関の職務内容と同一であるため、その職務執行と同一視し得るから、これを全体的に観察し、たとえ当該公務員が職務行為当時の具体的状況から右職務の執行を適法であると判断したことが相当であつたと認められる場合でも、上級行政機関の職務行為がその当時の具体的状況よりみて客観的に違法と認められる場合は、右公務員の職務も違法であると解するのが相当である。

本件学力調査は、大阪府立淀川工業高等学校校長岩田林光が、大阪府教育委員会からの指揮命令に基づいて、同校における右テスト責任者としての事務を執行し、右教育委員会は文部大臣からの指揮命令によつてその事務を執行したものであり、右岩田林光は前示各証拠によれば本件学力調査を適法と信じていたことが窺えるけれども、右説示のとおり本件学力調査は、手続上もまた実体上もその違法性の程度が重大であつて、適法なものと解することはできないから、上級行政機関たる文部大臣(文部省)および大阪府教育委員会が、その違法な職務行為を指揮命令してきたものである以上これを全体的に考察して違法な職務行為と解すべきである。

以上要するに、本件学力調査は適法な公務の執行とは認められないから、これと同旨の見解によつて、被告人小巻敏雄に対し公務執行妨害罪の成立を否定し、単に暴行罪のみの成立を認めた原判決は相当であつて、(なお、原審で取調べた全証拠によるも、右暴行が検察官主張の如く多衆の威力を示して加えられたものとは認められない)、所論の如き事実誤認ないし法令適用の誤りの違法があるものとは思料されない。論旨は理由がない。

検察官の控訴趣意第二点および弁護人の控訴趣意第一点、被告人大淵和夫に関する事実誤認の論旨について。

(一)  検察官の所論は、要するに本件学力調査の調査対象校に指定された大阪府立淀川工業高等学校に大阪府教育委員会より右学力テスト立会人補助者として派遣され、右学力テスト責任者である同校校長岩田林光および右学力テスト立会人である右教育委員会所属大阪府教育研究所所員宇野登を補助するとともに、右学力調査の進行状況あるいは右学力調査に反対してその阻止斗争を展開していた大阪府立高等学校教職員組合(以下、府高教組という)の組合員による妨害状況等を右大阪府教育委員会に連絡報告する等の職務に従事していた右教育委員会職員の指導主事山田郁生に対する被告人大淵和夫の公務執行妨害の公訴事実(昭和三六年一二月二七日付起訴状第二の事実)につき、被告人大淵和夫は、右山田郁生が右の如き職務の執行中であることを認識していたものとは認められないとして、単に同人に対する暴力行為等処罰に関する法律違反(共同暴行)の事実(原判示第一の二の事実)のみを認定し、公務執行妨害罪の成立を否定した原判決には、事実誤認の違法がある、というのである。

よつて、検討してみるのに、<証拠>を総合すると、山田郁生は大阪府教育委員会の指導主事であつて、同教育委員会指導課長原勝巳から大阪府立淀川工業高等学校における本件学力調査のテスト立会人補助者を命ぜられ、テスト責任者、テスト立会人の補助、テスト補助員の代行等のほか、右学力調査の進行状況や調査の妨害その他の重要な事項をその都度同教育委員会へ報告するよう職務命令を受け、昭和三六年九月二六日の本件当日同校に赴いて右職務に従事していたこと、本件学力調査に際し同教育委員会が指導主事を右学力調査実施校に派遣したのは府高教組側の強力な阻止ないし妨害が予測されたので、それに対処して右学力調査を適切円滑に実施するためであつたこと、府高教組の幹部である被告人大淵和夫は、組合側の妨害に対処して右学力調査の実施を援助するために右山田郁生が同校に派遣されてきていることを知つていたものと思料されること、被告人大淵としては、府教委が右学力調査実施校において無事調査が開始されたかどうか 組合側の妨害の状況はどうか等の点について重大な関心を有し、派遣された指導主事において、それらの連絡、報告等の職務に従事することも容易に推測し得たものと考えられること、本件学力調査を阻止するため右淀川工業高等学校に集つていた府高教組の組合員等は、同日午後七時前頃になつて同人等不知の間に右岩田校長等の術策によつて学力テストが既に開始されていることを知り、憤激のあまり右岩田校長を詰問すべく同校校長室に赴き、既に同室に居つた被告人小巻敏雄等組合幹部等とともに、テスト責任者の右岩田校長、テスト立会人として同校に派遣されていた大阪府教育研究所所員の宇野登に対し、それぞれ詰問を浴せ、あるいは面罵する等して険悪な状態となつたこと、被告人大淵和夫は右校長室内の右の如き状況を知つていたこと、右山田郁生は、右の状況を確認するため、右校長室の中庭に面した窓際から同室内を注視していたものであり、被告人はこれを目撃認識していたこと、右山田郁生は、その周囲に居る組合員等から「何故覗くのか」等と難詰されたのに対し、「任務だ」等と答え、職務として校長室内の状況を確認している旨を答えたものであること、被告人大淵和夫は他の組合員等とともにその場において右山田郁生の右の応答を聞知し得たものであることがそれぞれ認められ、右各事実に徴すると、被告人大淵和夫は、右山田郁生が校長室内の状況を覗き見ているのはその状況を府教委に報告するためであることを認識していたものと思料されるのであつて、同人が職務執行中であることの認識は有していたものというべきである。従つて右認識を有していたものとは肯認されないとした原判決には、その点において事実の誤認があるものといわざるをえないが、前示認定の如く本件学力調査は違法なものであり、右山田郁生の右職務の執行は適法性を欠き公務執行に該当しないものとして、結局同人に対する公務執行妨害罪はその成立を否定すべきものであるから、右誤認は判決に影響を及ぼさないことに帰するというべきである。

よつて、右山田郁生に対する右公務執行妨害罪の成立を否定し、同人に対する暴力行為等処罰に関する法律違反(共同暴行)罪の成立のみを認めた原判決は結局において相当というべきであるから、(なお、原審で取調べた全証拠によるも、右暴行が多衆の威力を示して加えられたものとは認められない)、論旨は採用できない。

(二)  弁護人の所論は、被告人大淵が原判示認定の如き右暴力行為等処罰に関する法律違反(共同暴行)の所為に及んだ事実はないのに、これを肯認している原判決には事実誤認の違法がある、というのである。

しかし、記録を精査して検討するに、右の事実に関する<証拠>を総合勘案すると、原判示認定の如く、右淀川工業高等学校校長室の中庭に面した窓際から、府高教組組合員が本件学力テスト責任者である同校校長岩田林光および右テスト立会人宇野登を難詰している状況を確認するため、同室内を覗き見ていた右山田郁生に対し、被告人大淵和夫等右組合員が、同人を取り囲み、こもごも身体をすり寄せ、手や肘でこずき、さらに被告人大淵和夫が同人の左腕をつかんでゆさぶる等の暴行を共同して加えたことが優に肯認されるものといわざるをえない。右山田郁生の原審における右供述は、当審で取調べた同人の当審公判廷における供述に照らしても、その内容に徴し十分信用するに価するものであつて、所論の如く不自然かつ不合理な信用性のないものであるとは思料されない。<反証排斥略>

よつて、被告人大淵和夫に対し右暴力行為(共同暴行)の所為を肯認した原判決に所論の如き事実誤認が存するものとは認められないので、論旨は採用できない。

検察官の控訴趣意第三点および弁護人の控訴趣意第四点、被告人今村正一に関する事実誤認の論旨について。

(一)  検察官の所論は、要するに右山田郁生に対する被告人今村正一の公務執行妨害の公訴事実(昭和三六年一二月二七日付起訴状第三の事実)につき、被告人今村正一は、右山田郁生が前示検察官控訴趣意第二点記載と同様の職務の執行中であることを認識していたものとは認められないとして、単に同人に対する暴行の事実(原判示第一の三の事実)のみを認定し、公務執行妨害罪の成立を否定した原判決には、事実誤認の違法がある、というのである。

よつて、検討してみるのに、原審で取調べた被告人今村正一の原審第三一回公判調書中の供述部分のほか前示検察官控訴趣意第二点に対する説示で挙示した各証拠(但し被告人大淵和夫の原審第三一回公判調書中の供述部分を除く)を総合すると、大阪府教育委員会の指導主事である右山田郁生は、前示の如く、右淀川工業高等学校における本件学力調査のテスト立会人補助者を同教育委員会から命ぜられ、テスト責任者、テスト立会人の補助、テスト補助員の代行等のほか、右学力調査の進行状況や府高教組組合員等による右調査の妨害その他の重要な事項をその都度同教育委員会へ報告するよう職務命令を受け、同校に赴いて右職務に従事していたこと、同教育委員会が右指導主事をテスト立会人補助者として右学力調査実施校に派遣したのは府高教組側の阻止ないし妨害に対処して右学力調査を適切円滑に実施するためであり、被告人今村正一は、右山田郁生が右の趣旨で同校に派遣されてきていることを知つていたものと思料され、右派遣された指導主事において右学力調査が無事開始されたかどうか、組合側の妨害の状況はどうか等について、同教育委員会への連絡、報告等の職務に従事することも推測し得たものと考えられること、府高教組の書記である被告人今村正一は、本件学力調査を阻止するため同組合員等とともに右淀川工業高等学校に赴いていたが、本件当日午後七時頃同人等不知の間に同校校長岩田林光の術策によつて学力テストが既に開始されていることを知つて憤激し、同校校長室において、被告人小巻敏雄等組合幹部等とともにテスト責任者の右岩田校長およびテスト立会人の大阪府教育研究所所員の宇野登を難詰していたこと、右山田郁生は右の状況を確認するため、右校長室の中庭に面した窓際から同室内を注視していたところ、これを目撃した被告人今村正一は、お前も中へ入れと言つて同人の右腕を両手でつかんでひつぱつたことが、それぞれ認められるのであつて、右各事実に徴すると、被告人今村正一は、右山田郁生が校長室内の右の状況を覗き見ていたのは、その状況を同教育委員会に報告するためであることを認識していたものと思料されるのであつて、同人が職務執行中であることの認識は有していたものというべきである。

従つて右認識を有していたものとは肯認されないとした原判決には、その点において事実誤認の違法があるが、前示認定の如く本件学力調査は違法なものであり、右山田郁生の右職務の執行は適法性を欠き公務執行に該当しないものとして、結局同人に対する公務執行妨害罪の成立は否定すべきものであるから、右誤認は判決に影響を及ぼさないことに帰するというべきである。

よつて、右山田郁生に対する公務執行妨害罪の成立を否定し、同人に対する暴行罪の成立のみを認めた原判決は結局において相当というべきであるから、(なお、原審で取調べた全証拠によるも、右暴行が多衆の威力を示し、あるいは数人共同して加えられたものとは認められない)、論旨は採用できない。

(二)  弁護人の所論は、被告人今村正一が原判示認定の如き右暴行の所為に及んだ事実はないのに、これを肯認している原判決には事実誤認の違法がある、というのである。

しかし、記録を精査して検討するに、右の事実に関する<証拠>を総合勘案すると、原判示認定の如く、被告人今村正一は、府高教組組合員等とともに、右淀川工業高等学校校長室において、本件学力テスト責任者である同校校長岩田林光および右テスト立会人宇野登を難詰していたところ、同校長室の中庭に面した窓の外側から、右の如き校長室内の状況を覗き見ている右山田郁生を認めたので、同人に対し、お前もこつちへ入れと言いながら、両手で同人の右腕をつかんでひつぱる暴行を加えたことが優に肯認されるものといわざるをえない。右山田郁生の原審における右供述は、当審で取調べた同人の当審公判廷における供述に照らしても、その内容に徴し十分信用するに価するもので、所論の如く信用性に欠けるものとは思料されない。そして被告人今村正一が右の暴行の所為に及んだことはない旨の所論の主張にそう、被告人今村正一の原審第三一回公判調書中の供述部分は、前示各証拠と比照して未だ信用し難く、原審で取調べた全証拠並びに当審における事実取調の結果に徴するも、右認定を動かすに足りるものは存しない。

よつて、被告人今村正一に対し右暴行の所為を肯認した原判決に所論の如き事実誤認が存するものとは認められないので、論旨は採用できない。

検察官の控訴趣意第四点および弁護人の控訴趣意第二点、被告人大淵和夫に関する事実誤認の論旨について。

(一)  検察官の所論は、要するに被告人大淵和夫の大阪府立八尾高等学校定時制教諭細木孝雄に対する公務執行妨害の公訴事実(昭和三七年五月一九日付起訴状第一の事実)中、被告人大淵和夫が冠野啓三等数名と共謀のうえ、同校定時制教務室内出入口付近において、授業に赴くため同室から出ようとする右細木孝雄を取り囲み、同人が「授業に行くんだからのいてくれ」と要求するのにかかわらず、扉を閉鎖のうえ身体で扉を押え、あるいは同人の身体につきまとい、身体をすり寄せて壁ぎわに押しやる等して、教室に赴くのを阻止したという事実を、原判決が肯認しなかつたのは、証拠の評価を誤り事実を誤認したものである、というのである。

よつて、検討してみるのに、<証拠>を総合勘案すると、大阪府立八尾高等学校定時制教諭坂本正喜が昭和三六年九月二六日施行された同年度全国高等学校学力調査の妨害を理由として大阪府教育委員会から停職の行政処分を受けたことにつき、大阪府立教職員組合は右処分の撤回斗争を開始し、同校定時制生徒会もこれに同調するとともに右坂本教諭の処分撤回のほか校内民主化等を標榜してその運動を展開するに至つたので、右生徒会と相協調して右斗争を継続するようになり、右府高教組の執行委員である被告人大淵和夫は、昭和三七年一月末頃からほとんど連日右八尾高等学校へ赴き府高教組側の責任者として活動していたこと、本件当日の同年二月五日も被告人大淵和夫は同校において右府高教組組合員の寺本敏夫、冠野啓三、板東等とともに右斗争運動に従事していたが、同日第三時間目の授業(授業時間午後七時十五分から午後八時までのもの)を右生徒会が右運動の討議に関するホームルームの時間に切り替えてほしいと要望していることにつき、職員にその話し合いに応じることを要請するため、同校定時制教務室に赴き、その交渉をしようとしたところ、同日午後七時四五分頃授業を中断して右教務室に戻つていた右細木孝雄教諭が授業続行のため同教務室から出ようとしたので 被告人大淵和夫および右寺本敏夫、冠野啓三、板東等は、授業に行くな、一寸待てまだ話がある等と言いながら、同人に近寄り同人を取り囲むような恰好になつたことが認められる。

しかし、右各証拠を考究するも、未だ右公訴事実記載の如く、その際被告人大淵和夫等が右細木孝雄につきまとい、同人に身体をすり寄せ、同人を壁ぎわに押しやる等の暴行を加えて、同人が授業に赴くのを阻止したと認めるに足りるものは存しないといわざるをえない。

そして、また右各証拠によると、右冠野啓三が右教務室出入口の扉を閉鎖して、右扉から出ようとする右細木孝雄の前に立ちはだかつたことは認められるものの 右の所為につき右冠野啓三と被告人大淵和夫との間に相互に意思連絡があつたものと認めるに足りる証拠は存しない。

原審において取調べた全証拠並びに当審における事実取調の結果に徴するも、右認定を動かすに足りるものはない。

よつて、右公訴事実中、右細木孝雄に対する被告人大淵和夫の右教務室内における右暴行等の事実につき、これを肯認するに足りる証拠がなく、その証明がないものとした原判決の判断は相当であつて、所論の如く事実誤認の違法があるものとは思料されないので、論旨は採用できない。

(二)  弁護人の所論は、原判示認定の如き、被告人大淵和夫が、右教務室を出て教室に向つた右細木孝雄の後を追い、同校校長室前付近廊下において、同人が授業に行くことを知りながら、同人の胸部に自己の右肩部を一回つきあてて暴行を加え、もつて同人の公務の執行を妨害した事実(原判示第二の事実)はないのにかかわらず、原判決がこれを肯認しているのは、明らかに事実を誤認したものである、というのである。

しかし、記録を精査して検討するに、右の事実に関する<証拠>を総合勘案すると、原判示認定の如く、右教務室において、右細木孝雄教諭が授業に行こうとするのを、前示のように、冠野啓三が同教務室出入口の扉を閉鎖しその前に立ちふさがつて妨害したものの、右細木孝雄が語気鋭く授業に行かせんのかと難詰したのに対し、右冠野啓三が右扉の前から離れたので、右細木孝雄は右教務室より出て教室に向つたところ、被告人大淵和夫はその後を追つて同教務室を出たうえ、右同日七時五〇分頃同校校長室前付近の廊下を通行中の右細木孝雄に対し、同人が授業に赴くことを知りながら、その右側方から追い越し、やにわに反転して同人の胸部に同被告人の右肩を突き当てる所謂体当りの暴行を加え、よつて右細木孝雄の公務の執行を妨害したものであることが優に肯認されるのであつて、右細木孝雄の右認定にそう右供述は、その内容に徴し信用するに足りるもので、所論の如く信用性のないものとは思料されない。

所論は、右細木孝雄と被告人大淵和夫が、右校長室前付近の廊下において、右同日互にぶつかつた事実はあるが、それは原判示認定の如き経緯、機会に生じたものではなく、しかもその態様は右細木孝雄の方から同被告人に突き当つてきたものであると主張し、証人冠野啓三の原審第三二回公判調書中の供述部分、被告人寺本敏夫の原審第三三回公判調書中の供述部分および被告人大淵和夫の原審第三二回公判調書中の供述部分には、右主張にそう供述がなされているけれども、右供述は不自然かつ不合理な疑いが強く、前示各証拠と比照して未だ信用し難いものといわざるをえない。

当審における事実取調の結果に徴するも、右認定を左右するに足りるものは存しない。

よつて、被告人大淵和夫に対する右公務執行妨害の事実を肯認している原判決に、所論の如き事実誤認の違法があるものとは認められないので、論旨は採用できない。

検察官の控訴趣意第五点、被告人寺本敏夫に関する事実誤認の論旨について。

所論は、被告人寺本敏夫に対する公務執行妨害、傷害、建造物侵入の公訴事実(昭和三七年五月一九日付起訴状第二の事実)につき、これを証明するに足りる証拠は存しないとして、右の事実を肯認せず、同被告人に無罪を言渡した原判決は、証拠の取捨選択、価値判断を誤つた結果明らかに事実を誤認したものである、というのである。

よつて、検討してみるのに、<証拠>によると、大阪府立八尾高等学校定時制教論坂本正喜の学力テスト妨害を理由とする停職行政処分につき、大坂府立高等学校教職員組合は右処分の撤回斗争を始め、右八尾高等学校定時制生徒会もこれに同調するとともにさらに校内民主化等を標榜して運動を展開するに至つたので、右生徒会と相協調して右斗争を継続するようになり、右府高教組の豊能支部長である被告人寺本敏夫は、昭和三七年一月末頃から右八尾高等学校に赴いて活動していたこと、同年二月一四日右生徒会から同校定時制職員に対し右坂本教諭の処分撤回に努力すること並びに校内民主化等に関する九項目の要求書が提出され翌一五日午後五時までに回答する旨を要求したこと、そこで同日午後四時三〇分頃から同校定時制教務室において職員会議が開かれ右要求書に対する回答の検討を始めたこと、なおその際同教務室入口には会議中につき入室禁止と記載した紙札が掲示され職員以外の者の入室を禁止していたこと、右職員会議では右回答期限の同日午後五時を過ぎた始業時間の午後五時三〇分頃になつて、ようやく右要求事頃のうち二項目位の回答が準備できたにすぎず、右午後四時三〇分頃から右教務室前廊下に集つてきた多数の生徒は、早く回答せよと迫つていたこと、しかし右職員会議では既に始業時間を過ぎているので、とりあえず生徒の出欠を先にとつたうえ、さらに右要求書に対する回答を検討することとし、同日午後五時四五分頃右生徒会の願問である細木孝雄教諭が、右の旨を告知するため生徒会会長の平野耕作を同教務室内に呼び入れたこと、その際右平野に続いて他の者も同室内に入ろうとするので、学年代表者であり、右生徒会執行委員の永野だけはやむなく入室させたものの、その余の者は細木孝雄が右教務室入口の扉を閉鎖して阻止したこと、しかし右扉を外側(右教務室前廊下側)から押し開けようとする者があるので、右細木孝雄は左手で右扉の把手を握り左肩を扉にもたせかけるとともに左足で扉の下部を押えて扉が開かないようにしながら、右平野耕作に右職員会議の右決定を伝えて納得させようとしていたところ、右扉の把手が廻つて勢いよく扉が内側に押し開けられ、その際右扉が右細木孝雄の左額部に衝突して同人が治療約一〇日間を要する左額部打撲裂傷を負つたことが、それぞれ認められる。

ところで、右の如く、右教務室入口の扉が右細木孝雄の左額部にあたつた前後の状況について、原判決説示のとおり、右細木孝雄の右供述では、平野生徒会長を呼び入れたとき学年代表の永野も教務室に入つたが、さらに引続いて被告人寺本敏夫が入ろうとしたので、扉を押して閉め出したところ、開けろ、入れろ等といつて扉を叩いたり蹴つたりしながら押していた、それは大勢で押しかけてやつているというものではなく、一人であることがわかつていた、自分は扉の把手を左手でつかみ、左肩で扉を押えていたが外側から押すため押し合いになり扉が開いたり閉つたりするので、扉の下部を足でつつぱつたら扉が開かなくなつた、それで右後方側の平野耕作の方を振り向いて職員会議の決定を伝えようとしたところ、急に把手が廻つて扉が内側に勢いよく押し開けられ自分の左目付近にあたつた、一瞬目がくらんだが、目をひらくと被告人寺本敏夫の顔がぱつと飛び出してきておりその際同被告人は一歩位教務室内に踏み込んだ状態だつたが、すぐ外に出て行つた、従つて押し開けられた扉があたつて負傷した際、扉を叩いたり押したりしていたのは被告人寺本敏夫であり、扉を押し開けた者も同被告人以外にはありえない旨の、右公訴事実にそう供述がなされており、また証人岩城国武の原審第二二回公判調書中の供述部分、証人桜井寛の原審第二八回公判調書中の供述部分、証人上原厚生の原審第二三回公判調書中の供述部分並びに西田弘の検察官に対する供述調書には、右細木孝雄の右供述にそう供述がなされている。

しかし、これに対して、被告人寺本敏夫の原審第三三回公判調書中の供述部分によると、同被告人は、前示の如く、平野生徒会長が教務室に呼び入れられ、永野学年代表も入つたので、自分は生徒会の要求書に対する回答が決定されたものと考え、その内容を知りたいと思つて、教務室入口扉の前(外側の廊下)に居つたが、生徒も多数つめかけておつて自分は身動きがとれないような状態だつた、生徒等や自分は、入れろ、早く回答を出せ等と言つて右扉を叩いたり押したりしていたが、その時自分は扉の前に集つている者の扉側から二列目か三列目のところに居り、扉までは手をのばせば届くか届かないか位の距離があつた、扉の向つて左側の把手の前付近には女生徒の佐原が居り、その右側の扉に接する位置には男生徒の田中が居つた、平野生徒会長等が教務室に入つてから五分位経つた頃誰かが押し開いたのか扉が開いた、扉が細木教諭にあたつたのはその時で、その際自分は扉に手をかけていなかつた、上半身を乗り出すような恰好で顔を出し、自分に向つてこんなになつたぞと言つた、自分は細木教諭の状態を見ようと思つて前に出て教務室内を覗き込んだが、その際上半身ないし片足位は同室内に踏み込んでいたものと思う旨述べており、右細木孝雄等の右供述との間には顕著な差異を示している。

ところで、被告人寺本敏夫の右供述は、右教務室入口扉が外側から押し開けられて、その内側に居つた右細木孝雄に衝突したことにつき、その前後の状況を具体的かつ詳細に述べているものであり、その内容に徴し、所論の如く不自然かつ不合理な虚偽のものであるとして、直ちに排斥すべきものとは思料されないのみならず、証人平野耕作の原審第二七回公判調書中の供述部分、証人田中良和の原審第二七回公判調書中の供述部分、証人佐原こと木原くに子に対する原審の尋問調書には、右被告人寺本敏夫の右供述に符合する各供述がなされていること(所論は、右各供述についても、これ等は事実を虚構ないし歪曲し具体性に欠けた証拠価値のないものであると主張しているが、その供述内容に照らし全く信用性のないものと断定するのは相当でない)を勘案すると、右教務室入口の扉が押し開けられて右細木孝雄に衝突した際の状況について、細木孝雄の右供述のみが信用するに価するものであり、断罪の資料とするに何等の疑念もないものであると断定するのは、疑問の余地があるといわざるをえない。

従つて、原判決説示の如く、右細木孝雄に右扉があたつて受傷した際、これを押し開けた者が被告人寺本敏夫であると断定するには証拠が十分でなく、さらに同被告人が公訴事実記載のように、右細木孝雄から右教務室内への入室を拒否されていた右の時点に右扉を押し開けて同室内に踏み込んだものであるかどうかについても証明がないものというべきである。

当審における事実取調の結果に徴するも、右認定を動かすに足りるものは存しない。

よつて、結局右公訴事実については証明がないものとして、同被告人に無罪を言渡した原判決は相当であつて、所論の如く事実誤認の違法があるものとは認められない。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第三点、被告人小巻敏雄に関する量刑不当の論旨について。

所論は、被告人小巻敏雄を懲役四月、執行猶予一年に処した原判決の量刑は、重きに失した不当なもので、同被告人に対しては罰金刑を選択処断するのが相当である、というのである。

よつて、記録を精査して検討するに、被告人小巻の原判示認定の本件暴行の犯行は、同被告人は本件学力調査につき、その実施の反対並びに阻止の斗争運動を展開していた大阪府立高等学校教職員組合の執行委員長であつたところ、右調査対象校に指定された大阪府立淀川工業高等学校へ右斗争運動のため動員した組合員の指揮統卒の責任者として赴き、右学力テスト責任者である同校校長岩田林光と校長室で右学力調査阻止のための交渉を始めたが、その途中で右岩田林光の術策により既に右学力テストが開始されていることを知つて驚くとともに憤慨し、同人を難詰して抗議したが、同人が沈黙して応答しなくなつたため、憤激の情に馳られたことと、組合員に対し代表者としての面目を失つたことの責任感から、右岩田林光の顔面を平手で四回位殴打したというものであつて、右犯行に及んだ経緯、動機 態様に照らし、その犯情は軽微とはいえず、とくに組合の執行委員長の立場にありながら、右の如き暴力を振う行動に出たことを考量すると、その刑責は軽視し難く、同被告人に対し懲役刑を選択処断した原判決の科刑は必ずしも首肯できないものではないが、同被告人が右犯行に及んだ動機には、右岩田林光が術策を用い、一方において同被告人等右組合の幹部と交渉の話合いの場を持ちながら、他方において右学力テストを実施するという方法を採つたことが、相当重大な事由となつていることその他諸般の情状を考慮すると、同被告人に対して罰金刑を選択処断するのが相当であると思料され、原判決の量刑は重きに失したものと認められる。論旨は理由がある。

よつて、検察官の本件控訴および被告人大淵和夫、同今村正一の本件各控訴は、いずれも理由がないので、刑事訴訟法三九六条によりこれを棄却することとし、被告人大淵和夫、同今村正一に対する訴訟費用の負担につき刑事訴訟法一八一条一項本文を適用し、被告人小巻敏雄の本件控訴は、理由があるので、刑事訴訟法三八一条、三九七条一項により原判決中被告人小巻敏雄に関する有罪部分を破棄したうえ、同法四〇〇条但書により当裁判所において直ちに判決する。

原判示認定事実に刑法二〇八条および同法六条、一〇条により昭和四七年法律六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条、二条を適用し、所定刑中罰金刑を選択して、その所定金額の範囲内で同被告人を罰金二万円に処し、刑法一八条により右罰金を完納することができないときは金二千円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(戸田勝 萩原壽雄 梨岡輝彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例